【映画好き】になりたいから私は映画をみているのか

こんにちは、オクラノです。

 

あなたは人に「何が好き?」「趣味は?」ときかれたら、なんて答えますか?

 

わたしならこう即答します。

「映画が好き」って。

 

でも、たまに自分を疑うこともある。

「周りの人に【映画好き】って思われたいから、【映画好き】になりたいから、映画をみてるんじゃないのか?」って。

 

「自分の趣味に疑いをかけるなんて!」と思ったのですが、これって誰しも考えることなんじゃないかなと勝手に思っています。 

 

今、自分に疑いをかけている真っ最中なので「わたしは本当に映画が好きなのかどうなのか?」考えてみようと思う。

 

【目次】

 

自分の【映画好き】を疑う理由8つ

「なんかおもしろい映画ない?」と聞かれると肩に力が入る

「【映画好き】ならではの答えを提供しなくては!!」と、どうしても力んでしまいがち。

素直におもしろいと思った作品を答えたらいいだけのはずが、「有名どころを答えてもな・・・」とか「あの映画をおもしろいと紹介しまっていいものか・・・」とかアレコレ考えてしまう。

 

「好きな映画教えて」って言われたときに超有名作品を答えたくない気持ちと似てるのかな?

わたしは、好きな映画を人に言う=自分の中身をさらけ出す だと思っているから慎重になってしまうのかも。

 

巷で評判の映画をみたけれど、自分には合わなかったとき周りと意見が違うことに焦る

自分が感じたことと他者が感じたことが違うとすごーく焦る。おもしろいと思えなかった自分がおかしいんじゃないかって思い込んでしまう。

 

特に、賞を取った映画(アカデミー賞etc.)をみるのには正直ちょっとプレッシャーがかかる。理解できなかったとき「お前にはわからないんだな」と嘲笑されてるような気分になるから。

わからないなら自分で調べるなり、映画評論家の力を素直に借りればいい話なんだけどね。

 

SNS(友人のみフォロー)に映画の感想をアップするとき、めちゃくちゃ悩む

どんな映画みてるか、どんな感想を言うかでわたし自身の器がはかられてしまう気がして怖い。

エログロ系の映画はみてることすら言わない(笑)

 

「映画のよさをどう伝えるか悩む」ではなくて、この映画をみたと言うことでどんな印象を持たれるか」に考え方の比重が偏ってるのが問題。

 

映画の内容をすぐに忘れたり、キーになる演出をびっくりするぐらい見逃す

ほんとにすぐに忘れちゃう・・・。悲しいくらい忘れる。

友人に「あの映画よかったからみて!」とオススメしておきながら、1~2週間後に「見たよ!」って報告がきても同じ温度で話せない。

なんてったって細かいところ忘れてるからね(遠い目)

 

あと、重要そうなセリフを一瞬ボーッとしてるときに聞き逃したり、気がついたらちょっとシーンが進んでるってことがめちゃくちゃある。

家だと巻き戻せるけど、映画館だと「何か重大なことを見逃した気がする・・・(白目)」ってなる。

 

映画1本集中して見れることの方が少ない

ぶっちゃけ映画2時間は長いと思っている。90分ぐらいでギリギリ集中力が持つか持たないか。

映画によるって言ってしまうとそこまでなんだけど、いくらなんでも集中力がなさすぎるのでは・・・と思っている。

 

友人と映画をみた後、うまく感想が言えずにやきもきする

映画をみた直後って頭の中がごった返してて、しばらく無言になってしまう。何か思うことがあっても、うまく言葉に表せなくて単文でしか話せなくなる(笑)

少なからず感じてることはあるのに、言葉にできないのは悲しい。

 

【映画好き】だったらもうちょっと映画の情報整理がうまくなりたいもんですね。

 

映画をまったく見ない時期がある

見ないときは本当に何も見ない。

こういう時期はとりあえず再生してみても全く頭に入ってこない。

なんだか好きなはずの映画を拒否してしまってるみたいで、悲しいんですよね。

 

放っておけば映画欲が復活するのでいいんですけど、【映画好き】って映画のこと四六時中考えてるもんなんじゃないのか?って自分に問うてしまうことがある。

 

見たい映画は話題になってるものばかり

わたしは能動的におもしろそうな映画を探すというよりは、ネットで話題になっている映画をみる。かなり受動的。

自分で予告を見漁ってあたりをつける、てなことはほとんどしません。

いわゆるミーハーというやつ。

今までにみた映画を見た本数から考える

わたしが2014年6月~2018年7月17日の間にみた映画の数は629本。

そのうち、映画館でみた作品は174本でした。

 

計算してみると、だいたい月に13本映画をみてることになる。

 

「月に約13本しか映画をみてないのか」と感じる人もいれば、「月に13本も映画みてるの!?」と感じる人もいることでしょう。

 

ちなみに、わたしは「お、思ったよりみてるな」と感じました。

 

かっこつけたいだけでこんなに時間をさけるものなのか

「好き」を疑うなら、それにかけてきた時間をも疑わねばならぬ。

「好き」でもないものを【映画好き】という称号を得る(自称できる自信をつける)ためだけに月に13本見れるものなのか。

 

テレビをとりあえずつけておくみたいな感覚だったら可能でしょう。 

時間ができたらとりあえず映画をみるって人なら可能・・・なのかな?

 

今はNetflixAmazonプライムみたいな配信サービスのおかげで映画がより身近になったしね。

月に13本映画をみるってことの難易度がイマイチつかめない。

 

でも、わたしにとって月に映画10本以上みるのはとても普通のこと。

これだけはハッキリしてる。

 

「好き」を他人と比べたら泥沼

映画好きなら当たり前?どんどん上がる【映画好き】のハードル 

【映画好き】なら、おもしろい映画を常に探し求め、作品の意図を的確に汲み取り、疑問点はとことん追究し、感想は人の胸を打つものでないといけない。 

これぐらい【映画好き】なら当たり前だろう?

 

・・・そんなわけないわ!!

もはや映画評論家の仕事だよ!!!(笑)

冷静に考えたら、趣味に対して「そうあるべき」ってことはないって気づけるんですけどね。 

 

さっき挙げたみたいな【映画好き】を目指して行動するのは向上心。

だけど、他人にいいところを見せるためだけに「【映画好き】にならなきゃ・・・!」は違う気がするんです。

 わたしは映画を見たいから見る。義務感で見てるわけじゃない。

 

どんな映画好きがいたっていい

よくよく考えたら【映画好き】ってめっちゃでっかいくくり。

戦争映画が好きな人もいれば、B級映画が好きな人もいる。特定の俳優が好きで見てる人もいるし、洋画専門もいるし、邦画専門もいる。

映画ってめちゃくちゃ幅広い。

 

それなら、わたしみたいな見栄っ張りミーハー映画好きがいてもいいじゃない!(盛大な開き直り) 

 

映画が好き。他に映画みたいに続いてる好きなことがないからわたしにとってはレアでめっちゃ大きな存在。

たまに友達にええ顔したくてオススメ映画を押しつけたりするけど、「前にいってたあれ見たよ!」と言ってもらえたら最上に嬉しい。

わたしはそんな【映画好き】なんだと思う。

 

むしろ見栄っ張りを利用してやろう

他人に自分の知識をひけらかすために映画みてるって言うとひどくダサい。

 

・・・が、心の中では何を考えててもオッケー!

映画をみるモチベーションの一部が「ちょっとカッコつけたいから」でも別にいいんじなないか?

 

自分が思う「純粋な好き」を追い求めて、映画のことキライになりたくない。

多分そんなことすると義務感でいっぱいになってしまう。

だから、ちょっとぐらい下心があったっていいと思うことにします。

 

わたしが映画という武器でかっこつけられると思ってるのは、映画のことをたくさん知ってる人をかっこいいと思ってるから。

かっこいいと思ってる人たちにちょっとでも近づきたいと思うことは悪い事じゃない!

 

だから、自分の好きなことを疑うのはやめにします。

また疑心暗鬼になったら、この記事読んで自分を保ってやる。

 

 

わたしからは以上!オクラノでした。